今年これからも 週刊誌に 巨大地震・・・ みたいなことは書かれ 云われ続けてゆくだろうと思うのですが・・ もう既に 次に来るときは どういう時に大きな地震が来て、どういうことが起こるのか そのことを 天界に住む神(シヴァ神)から12月にメッセージを伝えられているので、 巨大地震発生については、関心どころか、関心を超えて実的に行い、数年前に始まりこれまでの天界神仏からの神意託宣継続と、地上界での物質的現象予知研究(地上での自的努力)、両方を掛け合わせて、情報提供続け進めてゆきます。 一人でも多くの人々の命を救います。 神意だけに頼らず、この地上界で変化が起こる物質的予知研究は準備が整え次第お伝えしてゆきます。
先程 コンビニへ入ると 雑誌の中に 巨大地震の見出し 見たりするとつい週刊誌なり立ち読んでしまうのですが、 その中に・・・(ちょっと地震から話題 離れる) この年始時期だからこそ書かれる内容の 初詣の仕方が 載ってる項目が有りました。

このブログでも昔からよく 初詣で神社へ行き、神前ではどのように神と付き合えば良いのか等 は神と直接に交信・交流に関わった経験によって容易に判ってしまう神との付き合い方の真実 その答えを助言として繰り返し伝えて来ている内容なんですが、 最近にも初詣に行った1/3の日にブログにも述べました。
これまでブログでも伝え続けて来てたこと 全く同じことを 申されている人が やっと見つかりました。TVでもおなじみの江原啓之さんでした。この方は正しく理解が出来ています。 よ〜くそのことが判ってる。 やっと理解できている方を見受けしました。 これが真実ですので、全員が同じようにこう思わなくてはならない事なのですが、 神と実際交信経験の無い方達らが集まり合いその集団全体で間違ったことをこの世の中で 次々生まれてくる人間達に広めていっている現状が有り とてもその行為が残念なことです。 神と直接何度も交信・交流され、真実を知る努力をされてください。 今の和尚・僧侶といった宗教に絡んでいる方々は特にそうされてください。 文学的に伝わり残されている情報その記述を真実と扱い答えと見なし、気付かずまま誤解を正と学び、伝わり残されているその記述の理解の学びだけのみ行っており、真実を探求するという行為や必要努力が現在には大柱として見かけせん。 今のそういった、残されている伝えの文学の自分の外部からの情報で学ぶのはなく 実態というそのものに直接に触れてその経験や体験で学び、見識というものを自分の中に導いて直接的に触れて、学ぶようにされてください。 一般人もどんな人間誰しも同じです。 想像や理想や希望などを掲げたりそれらを云い それを答えとしないようにされてください。 真実は真にひとつという現実を見つめなさい 取り込みなさい。 空想を答えとしようとする内容は安易でとんでもないことです。真実を知れるまで探求しなさい。宗教というものも世の中にはひとつです。 地球や人間 大きさ大少差はありますが どんな物質をも 外側から大きく広く取り囲み包み込む宇宙がひとつであることより、 国が違えばそれだけの数 違う真実が在るとうことは決してありません。宗教もひとつです。 そこに早く気付きなさい。宗教家同士 人間の個々の都合で派閥環境を作り、宗教の壁を作り、個々の世界を枠組み行い語り合っているんじゃない。それら個々に付こうとする一般人下では衝突が起こったり争いが生じています。宗教も真実はひとつであることに早く気付きなさい。それを気付くためには、実際に存在する神と直接的に触れ合った交信や交流をされなさい。 この世の地上に活字(文字・文章)として在る情報を主として学ぶのではない。 今の現代社会では宗教信仰が、それが世界中全体でそれが主に主体的に行われています。
簡単に判り易く申すと、人間誰も食事は、文章といった情報で味覚を覚えたりはせず 五感である味覚で覚え食物ら料理それぞれの真を、見識を得て真を知っている と同じように 宗教も文字・文章等の情報で得ず、五感といった体の内部で見識を得て、真を奥内部で得られ持つように・真を知るようになさいなさい。 答えは神が良く知っており真としてひとつしか存在しませんので 人間界で良く在るようにバラバラな意見は発生しません。正しく神と交流し誰でも神意を受ければおのずとひとつに集約されてゆきます。 全世界の人間達へ。
日本で起こっていますが あの世死後の世界を こうならいいな と、理想を描き、希望でこの世に掲げそんなこの世の人間の都合内容を この世全体に広めるなど とんでもないことです。見えないところをしっかりと見なさい。 ハッキリと見えない・述べられない、また、いつも仮想表現でしか述べられないのなら、神や故の仏らがしっかりと死後の世界を伝え教えてくれます。天界に住む魂らと直接的に交信・交流を出来るようにしなさい。 天界に住む魂と交流できないのなら 魂を扱うべく業の方 それらの業に向いていません。 死者と云った肉体から離れた魂らを扱う専門家分野です 考え直しなさい。 今の多くの愚かな宗教家達へ。 〜と云われている、伝えられている など いつの時代いつまでも仮想表現ばかりの言葉を使い続けているな。 いつになっても真実が得られていない証拠である。 その分野の専門家なら もっとしっかりと事に当たりなさい。 専門家が楽に成ることを選ぶな。真実を知るまで苦を選びなさい。この世に数々の物事の真実の存在が数少なく充満し薄平な状態ままですので、地球の地上界も天界神世の世界同様に近くなるまで この世地球上全体ではどんな周りにも今は苦を進めなさい。 いつも 〜と云われている、伝えられている で終らせて それ以上進もうとしない楽を選んでどうする。今の多くの愚かな宗教家達へ。 考古学者は真実を知るためにその努力は続けられているが 残された物質面のみで探るのではなく 答えを真に知っている 神とも交信・交流し神意を受けこの世にゆるぎない真実を伝えなさい。 その方が物質からの発見で想像を介して頭で伝えて行くよりも確かです。 この世の中に どんな時代が流れ経過しようともゆるぎないことである真実を伝え真実を広めなさい。 そうすることによって世界は平和に傾いてゆきます。考古学者は神と同じに時に流されない仕事面を持ち 偉い精神者である。今の宗教家は直ぐ時に流されたりする。最近では巫女は即婚者でも可能 というとこまで時に精神が流されてしまっていて 今の現代社会はどうしようもない。 時などに流されるな。 古代から今もなんら変わらない神世の道理 神の精神を神から直接学び指導され知り、神のように人間も生きよ。神に成る為に人間は生死繰り返しこの世に肉体を持って生まれてきているのですから。 この世の人間界は凄く魂のレベルが低い。泥水の世界のように汚く汚れ穢れている世界で全体大半が占められている環境であることの自覚も誰もが持てるようになるとかえって良い。そう成った時には良い大変革の前触れに成ろうでも在るが 今の地球を見ると 昔も今も変わらなくとうぶん無理です。
話が戻りますが、神前に向かい 神と付き合うとき にはこうすること ということが 人は全員こちらの内容が自然に心の内から出て言葉に言えるようになければイケマセン。
どうすれば真実が判って行くのかは100%正しいことだけを、判り易く伝え・教え・指導され・ いつ時代においてもゆるぎない真理や真実 学ばせてくれる 神と交信交流されると自然に ひとつひとつにある物事の真実が判って来ることなんですが、 この江原さんはしっかりと神とまた仏と交信され交流が出来ている方です。
初歩的な神や仏との基本的な参り方 雑誌の書かれている この言葉が誰でも自然に出てこないとならないことなのですが・・

神社境内神前で、また、通常時 神仏交流時も神や故の仏へ 自分側が得る私利私益の欲望の入った願い事をすることは絶対にしないようにしてください。 神仏には 人間都合・自分都合の良い自分への私利欲といった我欲は届きません。聞いてくれません。 ポイントは昔からいつも申している通りです。是非 そうされてください 神と人間が結ばれる関係の真実ですので。(実際の神や仏との多くの交流経験により)
まだ出てこない方、判らない方は 真実がまだ見えてきていません。 昔の私もかつてはそうでしたが、いつしか小さい頃いつの間に 周りからの影響で見に付いてしまったことなので 真実ではないので修正するようにしてください。 皆がされているような状態の参り方では神と交流はされませんので。本当に。 神と何度も交信されたときには その間違いに気付きます。 仏教の中身を全部信じ込まないように。 間違いが色々と入っています。何に関しても正しいことを覚えるようにされてください。
手も合わせないほうが実は神とも故の仏さんに届き易くなり交信がより可能になり交流がし易くなります。私が想い馳せて神や仏からメッセージ 知らせ来るときは 殆ど全部に近い95%はいつも手を合わせないで深く想いが馳せられたときばかりです。 TVでも 江原さんや木村藤子さんも 手を合わせないで 神と交信し 相談相手にされているでしょう。 手を合わせたり 言葉で口を動かしたり 余計なことはしない方が実は神に仏に魂が届き易く成ります。 人間の希望や理想を掲げていたり 人間が人間界でこしらえて出来た部分で占めるている 仏教を全部が全部信じるな。基本のことだけでも幾つか間違いが見つかっています。
(物事の本質というものに視点を返り診る様にしてください。 余計なものは外しなさい。 この世で、人間の都合で人間が勝手に作り出してしまってきたものが世俗的に広まって世の覆われた状態で取り付いてしまってきていることなど・・生活環境の中で周囲の人々の影響により学ぶことも無く自然に見に付いてきてしまってる学び無き身に付いた習慣など 余計なものを全て外してみてください。余計なものは外しなさい。 真実が見えずに 勝手に作り上げられた世俗的に真実さとされていること 双方の分別がキチント出来るように そこに気付くように成ってください。 気付きを与えてくれるのは 真実しか伝えない神からの伝言で知れるので 神との交流が一番であり てっとり早いです。
神仏交流繰り返し、多くの経験によって自然に真実を知らせられたり、学ばせてくれる神々。
宇宙全体を取り囲みながら我々に降り注ぐ道理というか法則などにも自然に気付いてゆき、その数々の総合して全体が凄く筋が通っている神々からの神意のメッセージら。 それら真理や真実の奥に含まれ潜む背景も 道理として整っているので 捕らえられることが出来るのですが、 ひとつひとつの事象や物事の夫々の真理や真実や それらに潜む背景も見えると おのずと自然に沸き起こる宇宙感な魂心が芽足ばえたり新しい心が生まれてきます。 この世の現代社会環境の人間界社会生活間では普通に学問では学べないです。 神と交信・交流しないとまず無理だと思います。
真実をまだ知らないがために このようなことをやってしまってる方非常に多いのですが・・。 それを広めて来た人間達にも責任が有ります。真実や本質というのを 早く気付くように 成って貰いたいです
神や仏と交流繰り返すと 神と人間との関係 役割というのが判るようになり 法則的な部分も判るようになり、 自然に間違いに気付いて 本当のところが体験により自然に判ってきます。 無駄なことを省かれるように成ってください。 神と人間の間に結ばれている 真や 実を早く知ってください。 気付かないままでこの世での生命を終えてしまう方多いです。 また次にこの世に生を受けてくる人のためになりません。 自分と次に繋がる人の魂の成長を今のうちに与えてあげてください。次の人類全体のためになります。戦争も色々な争いもなくなります。平和が進みます。
1月15日 ヤフートピックスに掲載されて見た写真とその行為の内容 気に留りました。「手を合わせ恋の願掛け」 この様な行為は されても無駄そのものでです。 神にも仏にも届きません。江原さんとか私が云う上の内容の解説の他に 恋願いのイベントでその時間に居合わせた人達で作った共通の事項を 想い馳せるのは 策略的で 反自然的であり これでは絶対に届きません。 想いを届けたいのであれば ごく普通時の生活の中でフッとして沸き起こった真の自然の 想いだけが天界の神仏に届きます。
普段生活している間に起こる 根底からの魂が発する想いだけに 任せましょう。 ある決まった時に合わせてさあ ここで神仏に届こうとやろうとして やれてしまえる出来ることでは実際ないんです。そこが難しいところのひとつなんですが、 判り易いところでは マハシバラトリなど 日時決まってるこのときに行われているプージャなど が代表な例です。 プージャはあういう形式でやっても プロ野球観戦時のときと同じ 応援歌みたいなモノの価値で終ってしまうだけです。 いつも愛していることの延長に今日はこのような日と重なり いつもの神愛と何も心が変わらない心の状態・趣が重要に成ってきます。 この日は特別なプージャだから 日だから プージャに出向こうでは プロ野球観戦時の応援歌 合唱と同じ価値で とても低い形で終わり 時間を過ごしただけで終って家に帰ってしまうことになるでしょう。 とても低いんです。その時だけの強制的な自然でない過ごし方で終る応援歌では神とは何も繋がりません。分別で診える違いの部分 一度魂の融合を経験すると 周りの様子を見ただけで どこが無駄で省くべきところ 改善しなければならないところ 指導すべきところ 知り得ていて判ってしまいます。 イベントで行われているマハシバラトリを意味在るものになるためには非常に難しい状況下がイベントそのものにあります。 あれが有意義なことに成ろうとするならば 毎日行うようにし、その連続の中で 自然に変化が出てくるまで 行うべきです。 今のスタイルは非常に不自然の業なので 自然に整わなければ ごく一般人には 来場しても難しいことです。、 日本人が 初詣の時だけに神前に立ってお願い事だけをしても何の意味も無く無駄で終ってしまうのと それと同じなんです。 マハシバラトリが来月に在るので そのことはまた後で詳しく述べましょう・・・ 何度も伝えてはきておりますが 日時が決まって行われてしまうとき そんな流れが自然なくその時に合わさないとならない場合の 出来るだけ良い 神への交流の仕方 ポイントというものをまた教えします 。 意味が在るものにするならば本当は この日この時間にと日時に決まっているプージャなどはされ無い方が 良いのです。 そこに気付かれない方は 多い居のですが 絶対的条件に 自然であってください。 神との交信は やろうと思ってできることでは無いんです。やろうと思って出来たことは 過去の交流全てに一度もありません。 今のマハシバラトリに出かけて神を降ろすということは 主催している中心人物のマスター以外は非常に難しいです。そんな仕組みに出来上がってしまっています。神懸りに経験が在る方には判ると思います。 プロ野球で良く見る風景 と全く同じ愛する者への応援歌の質や価値で終てしまうことが殆どに思います。状況を見てみると。知っている人が改善すべきですが 大勢を集めて その場の全体をどうする仕組みを取るか となると あういう形を取らざる得ない今のスタイルになってしまうのかな と 状況を考えれば そうならざるることも納得できるところも見えます。 そう思うと それならば できるなら 各人で個人でマハシバラトリを行うことが非常にBESTだと思います。 必要なことは 愛せば良いだけです。 ただそれだけです。 どれくらいの愛かと云うと 人間であることでの最大の愛を向ける必要があります。犠牲愛 献身愛は欠かせません。 共に大きくなければ 神がわが身に降りてくるということは起こりえません 相手の髪とどこか共鳴した同調した魂になると 自分の魂をすくってくれるように 溶け合い 融合します。 穢れは皆無であり無私は絶対です。在るものは全部愛です (経験より) インド舞踊を過去に500〜700回数見てきても神愛がされていたのは僅か一人だけだったのが 寂しいこの世の中の現状です。 インド舞踊除いて 神仏と交信回数全てに共通に相手への愛の想いが入り直接の交信に繋がっているので 神と人間と愛の関連は切り離せられない要素です。 なんで神愛のインド舞踊がこんなにも皆無状態と呼べるくらいに少ないのだろうか? 自分のことはどうでもよいと置き自分のことは捨て自分のことを考えることを止めなさい。 我がを忘れて全部一色に相手に向かいなさい。 愛を通して。 自然に。 必ずシヴァ神に届き舞踊最中に知らせが入り判り易く何かメッセージが届きます。 自分のことを考えず全部相手に向かいなさい。
今の殆どが自我私利私欲私益の入った欲望のインド舞踊で占めており 今のこの世に在る舞台芸術という現状のインド舞踊です。神が喜ばないことに皆が全体それに進んで殆どの全員がされています。 神をどうか喜ばせてください。舞台も芸術も必要ありません。不必要を省き愛のみだけでことが足り最大限にインド古典舞踊が意味在るそこに収まります。 神懸りでのシヴァからの直接の神意を過去に託宣した通りです。 できるだけ誰でも大勢の方がその神意を直接 己の魂に重ねて神意を聞き シヴァから意そのものの真を知り神から真を魂に繋げて学んでください。一番間違いの無い正確な知識を学べ 手っ取りはやいくBESTな方法です。 それには神への犠牲愛・献身愛・神と同調する魂です。 また同時に私や私欲は皆無状態の時に溶け合い融合します。体内に入ってきます。 インド舞踊最中私性が出てしまっている人が殆どと云っていいくらい物凄く多いい 私が出ていてはダメです。私ではない性が出ていないとダメです。シヴァとの関わり合いは インド舞踊でも日常普段時でもはデーバダーシー性がもたされると必ずシヴァが喜んで何かしらデーバダーシー性の愛を発した側へアクションをされます。数日間連続 魂の融合なり(自己の神愛による)、指導なり(インド舞踊家の神愛による:メッセージが向けられた舞踊家へ神意を届けるように補助的に神意を会場で受ける)、数日間連続 災害安全への救済警告なり(自己の神愛による) 、確実にシヴァからと判る範囲ことの中では3度身近でシヴァからのアクションを経験しました。
全部に共通するのが私無き大きな神愛です。(対象;シヴァ)とても異常と思えるほど神愛が少な過ぎます。 インドの舞をされる方は 皆さんも是非 シヴァを喜ばせてあげてください。 その手助けします。